好々爺

五月某日。低気圧のせいか(特に理由が思い当たらない時はすべて低気圧のせいにしている)私はベッドの中に倒れ込んで眠っていた。
昼前の十一時、インターホンが鳴る。居留守を決め込んだものの、念の為と思ってリビングのモニターを見る。好々爺という表現がぴったりのおじいさんが、帽子を取ってカメラに向かって名乗りはじめる。その名前と顔に見覚えはない。いつもならとりあえず出てみるところだが、今の私にはもう世界の勝手がわからぬ。毛布を被り直し、じっと息を潜めていた。好々爺は、諦めて帰って行ったようだった。

同日午後、母が帰宅したところに好々爺の再訪があった。好々爺の自己紹介が始まり、近所の定食屋の主人だと判明する。長く親しまれてきた店だったが、十年ほど前に惜しまれながら閉店し、今はその店舗跡地でひっそり夫婦ふたりで暮らしている。その場所を聞いてすぐ思い浮かんだのは、プランターに綺麗に植えられた花々だった。花の世話をすることが、好々爺の現在の唯一の趣味らしい。
「片腕が麻痺してうまく動かせないんだ。でも花の水やりくらいはできるからね」

プランターの中に蒔いたはずの種が吹き飛ぶのか、近くの歩道の隅にも綺麗な花が二、三輪咲くことがあった。横を通るたびにその花が目に入って、古い歌の一節が頭に浮かんでいた。
──アスファルトに咲く花のように
父もその花を見つけて応援していたといっていたので、道端のはぐれ花に心を寄せていた同士は、私のほかにも結構いたのかもしれない。去年はなんと、はぐれコキアがほぼ車道の場所で咲いていて、あの繊細そうな見た目に反して、並々ならぬ生命力を見せつけ、きちんと紅葉までして、そしていつの間にか跡形もなく消えていた。

好々爺の庭は、ガーデニングと呼べるほどの相応しい場所ではなく、元駐車場だったコンクリートに階段上の台を設けて、そこにプランターや植木鉢を乗せては甲斐甲斐しく毎日水をやっていた。英国式ガーデンや庭師付きの日本庭園なんかと比べたら勝てる要素は何一つないが、好々爺の庭には魂があった。ここで感じる魂の性質を伝えるのはとても難しい。
どんなに新しく高価な家でも、手入れをされておらず、無造作に荷物が置かれて何となく陰鬱な印象を受ける家もあれば、非常に古い、指先で押し倒してしまえそうなほど年代物の家だが、隅々まで手が加えられて生活の息遣いに包み込まれている、そのこぢんまりとした姿に安穏を覚える家もある。好々爺の庭は、目で惹きつけるというよりは心で惹きつける、そういう類の魅力があった。

ところで、好々爺の目的はというと「おたくの庭に赤い花が咲いている。あまり見かけない品種だ。葉が厚いので、多肉の一種なのだろうか。通るたびにその花が気に掛かり、自分でも近場の園芸店を何軒か回ってみたが、同じ花に会えたことはない。いきなり訪問して大変失礼だが、どうか花の名前だけでも教えてくれないだろうか」
母は困った。一見我が家が世話しているように見えてしまうその花の鉢は、実際のところ隣の家で育てているものだったからだ。その旨を説明すると、好々爺は「そうですか。日を改めてまた今度訪ねてみます」と言って帽子を被り直した。

私はソファの上で好々爺の言葉を思い出していた。「どうか花の名前だけでも教えてくれないだろうか」なんて、どんな小説の中のセリフよりも叙情的ではないか。
「すごいね。あの人は花が好きすぎて他人の家に押しかけちゃうんだから。私にはそんな真似できないよ」
私が感心しきっていると、父が言い返す。
「あなたもこの前、似たようなことをしていたよ」
「うそ。私そんなことできないよ」
「書店員さんを待ち伏せして急に話しかけたでしょ」
確かにそんなことがあった。
本屋に行くたびに見かけていた書店員さんが、いま読んでいる本の作者に影響を与えた人と同一人物かもしれないことに気づき、いても経ってもいられずに尋ねに行ったのだ。いざ会いたいと思うとすれ違ってなかなか会えず、一週間通い詰めてようやく発見した時は、棚の間を走りながら大声で呼び止めた。 一時間半喋って(正確には向こうが一時間二九分間喋ってくれた)忙しいなか、棚から棚まで駆け巡って選書をしてくれ、自身の最近の読書体験で得た小話をいくつも披露してくれた。(詳しくは同サイト内の記事「老子あるいはソクラテス」をご覧ください)
好々爺はともかく、もう他人となんて絶対関わらないと思っている私ですら突き動かしてしまう「好きな世界」というものは、ある意味非常に恐ろしい。私や好々爺が他人に話しかけることができたのは、きっと自分のうちなる「好きな世界」の存在感が増し、常に慎重に扱うべき「現実世界」が相対的に小さい、とるに足りないものに思えたからではないか。「好きな世界」のために「現実世界」を振り回せるようになったら、人生は意義あるものへ変わってゆくのだろうか。

その後、なぜか母が間に入って隣家に電話をかけることになり花の名を尋ねると、隣家のご婦人は「◾️◾️◾️◾️よ」と答えた。一瞬で忘れそうな名前だと思ったし、やはりどうしても思い出すことができない。
ご婦人は朗らかに続ける。
「挿し木で増えるタイプで、増えすぎて困っていたくらいなの。どうぞどうぞ一鉢持っていって」
もし好々爺がその優しい言葉を直に聞いたとしてどれほど喜んだかはわからないが、私の方は「良かったねぇ良かったねぇ」と本気で泣いた。ハッピーエンドの長尺映画を見終わったような、好々爺の長い片思いが実ったような、そんな気持ちだった。

母は最後までキューピッド的役割を務め、例の赤い花の鉢を自転車のカゴに乗せて好々爺の家まで運んだ。好々爺は片手が不自由なので、自分では持っていくことが困難なのだ。 好々爺と我が家は百メートルも離れておらず、わざわざ引越しさせずとも見ようと思えば毎日でも花を見ることはできたはずだが、自分のテリトリーに運ばれた赤い花には、より一層愛着がわくのだろう。

この間、好々爺の家の前を通ったとき、ふとその赤い花が目に入った。新天地でも変わらず元気そうだった。 他の花と並んで鎮座しているなか、他のどの花よりも「あたくし?何年も前からここにいますけど」みたいな古株顔をしていて、あまりの馴染みっぷりに思わず笑ってしまった。

赤い花

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